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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和41年(ワ)484号 判決 1971年5月21日

原告 入部生子

<ほか二名>

原告ら訴訟代理人弁護士 木下元二

同 米田軍平

右米田軍平訴訟復代理人弁護士 野沢涓

被告 西宮市

右代表者市長 辰馬竜雄

右訴訟代理人弁護士 入江弘

同 美浦康重

主文

(一)  被告は、

(1)  原告入部生子に対し、金五〇万円とこれに対する昭和四一年六月九日以降完済まで年五分の割合による金員を、

(2)  原告入部宏に対し、金六万七、〇九〇円とこれに対する昭和四一年六月九日以降完済まで年五分の割合による金員を、

それぞれ支払え。

(二)  原告らのその余の請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は、

(1)  原告入部生子、同入部宏の両名と被告の間においては、これを三分し、その二を同原告両名の負担とし、その余を被告の負担とする。

(2)  原告入部スズ子と被告の間においてはすべて同原告の負担とする。

(四)  この判決(一)項は、原告入部生子において金一五万円、同入部宏において金二万円の担保を供するときは、それぞれ仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求める裁判

1  原告ら

(一)  被告は、原告入部生子に対し金一〇〇万円、原告入部宏に対し金七六万七〇九〇円、同入部スズ子に対し金七〇万円および右各金員に対する昭和四一年六月八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに(一)項について仮執行の宣言

2  被告

(一)  原告らの請求はいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

二  主張

1  原告らの請求原因

(一)  原告入部生子は、当時西宮市立津門小学校四年に在学していたものであるが、昭和四一年六月八日午前一一時過ごろ、同校校庭の砂場において体育科の授業中、担任教師降失秀子の力一杯飛ぶようにという指示に従って走り巾跳の跳躍を試みて着地した際、砂中に埋没放置されていた整地用スコップの先端部位に左前脚部を激突させ、全治約四ヶ月を要する左下腿切創等の傷害を負った。

(二)  右事故は、担任教師降矢の過失に基づくものであり、また、公の営造物たる右砂場についての管理に瑕疵があったことに因るものである。すなわち

(1) 小学校教師が授業の一環として行うところは、児童をして絶対的にその指示に従わせることになるのであるから、本件のように体育科の時間に走巾跳を実施する担任教師としては、事前はもとよりその中途においても、利用する砂場の安全性について十分確認し、危険物の埋没等のないようにたえず注意すべき義務がある。ところが、降失は、本件校庭には日頃近隣の子供らが入り込んで砂遊びをするなどいかなる危険物を持ち込んでいるかも知れないのに、事前の砂場の掘り起し整地作業は四年生の児童数名に委せ、自ら直接これを監督実施せず、更に右整地に使用したスコップの整理についても確認を怠ったものである。

(2) また、原告生子の前記負傷が、仮りにスコップによるものでなかったとしても、砂中に危険物が埋没していたこと、それによって原告生子の前記負傷が生じたことは明らかであるところ、これは学校の砂場が通常有すべき安全性を欠いていたというほかなく、管理者に管理上の瑕疵があったことに帰する。

(三)  訴外降矢秀子は、被告の選任監督にかかる教員であり、また右校庭の砂場は、「公の営造物」であって被告がその管理費用の負担者であるから、被告は、国家賠償法第一条第一項、第二条第一項により、次に挙げる原告らの各損害を賠償すべき責任がある。

(四)  原告らは、本件事故により、それぞれつぎのとおり損害を蒙った。

(1) 原告生子は、事故直後校医坂上田病院において一四針に及ぶ縫合手術を受けたが、局部が変色し、術後経過が不全であったため、昭和四一年六月一一日松本病院に転医して再手術を受け、同日から同年八月一〇日まで同病院に入院し、ついで八月一四日から同年一〇月二日まで大阪厚生年金病院に入院して加療を続けた。

このため、同人は長期間登校ができず、一年留年のやむなきに至り、同級生より一年遅れてしまった精神的打撃は大きく、そのためさらに転校した。

また傷口が大きかったため、傷跡は未だに残り、生涯消えることはないと思われる。

かようにして、原告生子の受けた肉体的精神的苦痛は著しく、これを慰藉料をもって評価すれば金一〇〇万円が相当である。

(2) 原告宏は、原告生子入院中の附添婦に対して金六万七、〇九〇円を支払った。

(3) 原告宏、同スズ子は、原告生子の実父母であるところ、生子の負傷のため、当初は徹夜の看護を続けたのみならず、その蒙った精神的苦痛は甚大で、慰藉料各七〇万円が相当である。

(五)  よって、原告らは、被告に対し、前項の各損害金およびこれに対する事故の日である昭和四一年六月八日以降完済までの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告

(一)  請求原因(一)項中、事故発生日時を「午前一一時過ごろ」とある点、事故の原因を「砂中に埋没放置されていた整地用スコップの先端部位に左前脚部を激突させ」とある点、傷害を「下腿切創」とある点をそれぞれ否認し、その余は認める。右時間は正午丁度ごろであり、傷害は切創ではなく挫創である。

(二)  同二項は争う。当日津門小学校において降矢学級以前に体育授業を行ったのは六学級で、このうち木村秋男教諭の担任する学級(五の三組)が、第二校時に、本件砂場を準備運動としての巾跳に使用したが、同学級はスコップ類は使用しておらず、かつ、当時砂場にはなんら異常も認められなかった。

第四校時降矢学級の体育授業に先立ち、降矢教諭の指示で、同学級体育部の児童四名(上田裕康、牛若雅裕、中谷正彦、水野勝)が、用具庫からスコップを持ち出して砂場の掘起し整地作業をし、作業後砂場の外へスコップを並べて整理した。

降矢教諭は、児童に準備体操をさせ、砂場を一巡して安全を確認したうえ、走り巾跳の指導に入り、第一回目は全員に軽く跳ばせ、第二回目は助走と踏切り方を個別に指導し、第三回目は助走を強めできるだけ大きく跳ぶよう指示した。本件事故は、この三回目の跳躍のとき起ったものである。降矢は児童を数列に並ばせ、各列から一人づつを同時に跳ばせる方法をとったが、原告生子と同じ列に並び、同じような地点へ跳んでいた児童は原告の外に八名居り、従って、原告生子が負傷するまでに第一回から第三回目までに延べ二〇名余の児童が跳躍していたわけであるが、何んらの異変も起らず、その着地点付近に異常は認められなかった。

事故直後降矢学級の児童および体育主任の的場昭教諭が、砂場の、原告生子の着地点付近一帯を丹念に掘り起して調べたが、スコップはもちろん、負傷の原因となるような異物は何も発見されなかった。尤も、当初一部児童の噂をそのまま鵜呑みにした同校校長紙谷豊が同日原告方へ見舞に行った際、原告スズ子に対し、原因がスコップであったような発言をしたことはあったが、これも調査の結果すぐ取消している。

被告は本件事故の原因を徹底的に調査したが、ついに原因となるものを発見することはできなかった。考えられることは、原告生子の特異体質のみである。

以上のとおり、本件砂場と原告生子の負傷との間には因果関係が認められず、従って、管理の瑕疵を問題にする余地はなく、降矢の過失に至っては論外である。

(三)  同(三)項のうち、降矢が被告の被傭にかかるものであることは認めるがその余の主張は争う。

(四)  同(四)項のうち、原告らの身分関係は認めるが、損害額の点はすべて争い、その余の事実は知らない。同(五)項は争う。

三  証拠≪省略≫

理由

一  原告入部生子が昭和四一年六月八日当時被告西宮市が設置した西宮市立津門小学校四年在学中の生徒であったこと、同原告は同日正午前頃同校々庭にある砂場において四校時の体育の授業中、担任教師降矢秀子の指導のもとに走り巾跳の跳躍を試み右砂場に着地した際、左前脚部を負傷したことはいずれも当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫によればつぎの事実が認められる。

1  本件事故現場は西宮市津門呉羽町二〇番地の西宮市立津門小学校々庭にある砂場で、その砂場は縦約五・五一メートル、横約一〇・五〇メートルの長方形でその中にほぼ他の地面と同じ高さ位にまで砂が入れてあり、東西に長く、砂場内の南側部分には東西に鉄棒が設置されていて鉄棒からとびおりたときは砂場上に着地するようになっている。この砂場の北側には校庭が広がっている。

2  降矢は同日の四時限目の体育の授業中担任の四年三組の生徒を右砂場の北側の校庭(運動場)に砂場から助走に必要な距離を置いて砂場に向って四列縦隊に整列させたうえ、生徒らを前から順次四人づつ砂場まで走らせて跳躍させ、これを繰返して生徒一人につき三回目の跳躍に入った。原告生子は降矢の指示にしたがって三回目の跳躍をすべく、整列したところから助走し、砂場に至るや跳躍し、左脚を前に出して砂の中に足くびの上辺りまで突込み、右脚は折りまげるようにして尻もちをつくような格好で砂場内に着地したが、その際本件負傷が生じた。

3  右校庭ないし砂場は放課後や日曜、祭日など学校が授業に使用しないときは、生徒以外の第三者も出入りしその遊び場に使用されていた。

砂場を授業に使用するときは主として同校の体育部の生徒が体育主任の指導のもとに柔く掘り返したり、異物の混入を取除いたりしていた。本件事故発生時における授業のときも、その開始直前降矢教師の指示により同組内の体育部に所属する生徒四名が三丁のスコップを使って一応砂場の砂を掘り柔くしたのみでこれを使用したものである。教師なりその他の大人が直接点検して安全性を十分確認したうえで使用したものではない。

4  右のようにして原告生子が砂場に着地した際、砂場の中に「何らかの固いが余り鋭利でない異物」が存し、これに同原告の左脚下部前側が強く当り、その結果右負傷が生じたもので、その負傷は左下腿中央部脛骨積に横に約一〇センチメートルもある山形になった弓状の挫創で深さは一部分において脛骨に達し、皮膚が一部たれ下がっていた。

原告生子は負傷後直ちに近くの坂上田病院に運ばれて治療処置を受け一四針の縫合手術をして貰った。

5  その後原告生子は転院し昭和四一年六月一一日から同年八月一〇日まで大阪市内の松本病院に入院し、右縫合創の治療及び本件負傷により生じた周囲皮膚壊死、左下腿潰瘍の治療を受け、更に、同月一四日から同年一〇月二日までの間傷痕の整形のため大阪厚生年金病院に入院して治療を受け、その後約六ヵ月間通院治療を受けようやく創傷は全治した。

以上の事実が認められる。

原告らは原告生子の右負傷は砂場に使用後のスコップが埋没されていてこれが同原告の脚に当ったためであると主張し、証拠上もそのような疑いが一応はもたれるのであるが、いまだ右スコップの有無を断定するだけの証拠はない。

しかしながら、右認定の負傷の際の状況、負傷の部位程度を合せ考えると、砂場自体に負傷の原因となるような異物が何もないのにこのような重大な結果が生ずるとは到底考えられず、結局、前示のとおり砂場の中に「鋭利ではないが本件負傷をもたらすような固い異物」があったものと認めるのほかはない。ただその異物が果して何であるか明瞭ではないというだけである。被告の援用する≪証拠省略≫のうち、前示異物の存在をすべて否定する部分は、前示認定にかかる傷害の部位程度、事故発生時の状況についての各資料に照し、とうてい措信することができない。

三  ところで、本件砂場は生徒が常時使用する設備であり、放課後など授業上使用しない時には校外の者がその遊び場などに使用する状況にあったのであるから、授業上これを使用するときには予め危険物が砂中などに存しないかどうかを生徒に任せないで大人が十分調べ(小学生の生徒ではその年令からしてもいまだ十分な処置がとれない。)、異物の除去を念入りにするような管理をなすべきであったのにこれをなしていないことなど以上の事実関係のもとにおいては、本件砂場は、その使用上の安全性の確保において未だ十分ではなく、その管理に瑕疵があったものというべきである。

そうすると、被告は、本件津門小学校の設置者であり、本件砂場は同小学校の教育目的に供用される有体物で公の営造物であること明らかであるから、その管理の瑕疵によって生じた原告生子らの損害を国家賠償法第二条により賠償する義務がある。

なお、原告らは同法第一条による責任原因をも併せて主張するけれども、これは、前示のとおりの責任原因を認める以上もはや重ねて判断をする必要がない。

四  損害について判断する。

≪証拠省略≫によれば、原告生子は原告宏、同スズ子夫婦の長女で昭和三二年三月二六日生であること、原告生子は本件負傷治療のためその期間中は登校できず、治療が終った昭和四一年一〇月二日頃には通学しうる状態とはなったが長期欠席をしてしまったため一年留年することとし、かつ、両親である原告宏、同スズ子は原告生子が津門小学校に登校して学友と顔を合わせることを嫌がったため翌四一年四月から春風小学校四年に転入学させたこと、前記認定の松本病院に入院中の昭和四一年六月一一日から同年八月一日までの間看護補助者をつけざるを得ない状況にあったのでこれを雇入れその費用として原告宏は金六万七、〇九〇円を支払ったことがそれぞれ認められる。

ところで、原告生子が本件負傷により精神的苦痛を受けたことは明らかであるところ、以上認定にかかる本件負傷の原因、程度、治療期間、治療効果、同原告の年令、負傷による学業への影響その他一切の事情を総合すれば、原告生子の精神的損害に対する賠償額は金五〇万円をもって相当と判定できる。

また、原告宏は原告生子の本件負傷治療のため看護補助費として前記のとおり金六万七、〇九〇円の支出を余儀なくされているところ、これは本件事故により原告宏自身が蒙った損害というべきである。

したがって、被告は原告生子、同宏に対して右各損害額を賠償する義務がある。

本訴請求中、原告宏、同スズ子の慰藉料請求部分については、原告生子の負傷が前示認定のとおりであり、いまだその父母である原告宏、同スズ子において、子の生命を害された場合に比肩するかまたはそれに比して劣らない程度の著しい精神上の苦痛を受けたものとは到底認められないから、自己の権利として、慰藉料を請求することは許されず、この請求部分は理由がない。

五  以上の次第で、被告は原告生子に対し金五〇万円、原告宏に対し金六万七、〇九〇円及び右各金員に対し本件事故発生の翌日たる昭和四一年六月九日以降支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告生子、同宏の請求は右の限度で理由があるからこれを認容すべく、同原告らのその余の請求部分及び原告スズ子の請求は理由がないからいずれもこれを棄却する。

よって、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田義康 裁判官岸本昌巳は退官につき、裁判官香山高秀は転任につき、いずれも署名捺印することができない。裁判長裁判官 山田義康)

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